• 2010-11-25 22:36:22
  • 市民ネットワークと地球サミット2012
当部会は、地域ネットワークを目的に立ち上がりましたが、実際のところ、この部会を通して各地の有力なキイマン同士が出会い、新たなつながりを持つことはできたものの、それが何かを動かすほどの強いつながりであったり、また地域グループを束ねるような連合体になることはありませんでした。

当然ですが、ネットワークする必然性が無いのにつながっても、ただ名刺の数が多くなるだけに過ぎないです。生物多様性といわれても、その言葉すら認知されていない地方では、その概念が受け入れられるには時間を有します。
結局のところ、ホットスポッターズのように、切実な現実を抱えて活動している一部の人たちだけが、ネットワークする必然性を感じるだけでした。

日本には、横断的な環境市民連合が無いとよく言われてきました。過去、その兆しは何度かあったものの、いずれも様々な理由から断念する結果になったと聞きます。
そもそも、地球環境問題へ対応するネットワークといわれたところで、漠然とし過ぎです。僕の地元にもNPOネットワークがありますが、時々ネットワークパーティや勉強会をやるぐらいで、実際のところは「市民社会を・・・」というお題目だけです。ESDネットワークもありますが、こちらも有名無実化しています。やはり、つながる必然性が見えないと、メーリングリストでの情報交換レベルに終始してしまいますね。


そんな中では、CBD市民ネットは成功した例だと思います。COP10に政策提言する、という明確な目的があったので、とても大きなネットワークになりました。この様な市民ネットワークは、過去、大きな国際会議ごとに結成されてきた歴史があり、その時の活動を経て信頼関係が生まれ、解散後も継続的なつながりが維持されているようです。

CBD市民ネットは、自分たちから「生物多様性の10年」を提唱したこともあり、予定通り来年3月にいったん解散した後も、今後10年続くネットワークとして再出発する予定です。
おそらく、次のCOP11への政策提言と併せて、国内での生物多様性都道府県戦略づくりへのサポート、そして生物多様性CEPA(コミュニケーション、教育、普及啓発)の推進が、大きな仕事になるのだろうと推測しています。(参考:ラムサールCEPA


さて、私たちは今、大きな岐路に立たされているといわれています。それは、山積する地球環境問題、終わることの無い戦争、広がり続ける貧富の格差を見れば明らかです。

その対応に向けて、既につながるべき人たちは、エネルギー、気候、開発、人権、平和、生物多様性・・・と、分野別につながっています。
しかし、それだけでは不十分です。おそらく、それら各分野でのつながりが、さらにつながり合い、そしてもっと草の根の一般市民活動レベルでつながってゆけるような「広さ」が必要でしょう。そして同時に、政治的、社会的影響力の「強さ」も必要でしょう。

「広さ」は、なるべく縛られるものが無く、自主性や独自性が大切にされる、ゆるやかにつながるネットワークだと思います。地域では特にそうですが、皆それぞれのお山の大将なので、上位下達の臭いが出ると、たちまちバラバラになってしまいがちです。
「強さ」は、政策立案能力などの専門性の高さ、実績に裏付けられた実行力、そしてバックボーンとなる会員など数の重みだと思います。

しかし、政策提言となると、より専門性が求められる為にハードルも高くなり、結果として一部の人たちの、いつものメンバーになってしまいがちです。
また、共通キャンペーンなど普及啓発を行なうゆるやかなネットワークでは、たとえ大きな話題になっても、その話題自体が消費されて一過性になりがちです。過去、大きく成功したキャンペーンに、ホワイトバンドがあります。社会現象化し、そこでの気づきを広い入口にしようとしましたが、結局は流行のように消費され、本来の目的であった貧困の撲滅のためのライフスタイルチェンジまでには届かなかったように思えます。

「広さ」と「強さ」は、実は矛盾しがちで、そこが過去大きなネットワークが生まれなかった一因でもあると考えます。しかし、その両立が今求められていると思います。


気候変動であれ、開発であれ、人権であれ、生物多様性であれ、経済破綻であれ、戦争であれ、真の持続可能性を求めてその根本原因を辿っていくと、どこから入っても同じ原因に辿り着くと思います。そして、それぞれの分野で独自に原因解決に向けて動いても、モグラ叩きのように、対処療法し続けるだけになりがちだと思います。
全ては密接につながっているので、分野間で強く連携し合い、総合力で対応していかないことには、決して根本原因は解決していかないでしょう。

1972年、世界で初めての国連環境会議国連人間環境会議」(=ストックホルム会議)が開かれ、その直前にローマクラブによる「成長の限界」が発表され、人類の抱える問題は周知され明らかになりました。
その20年後の1992年の「地球サミット」(=環境と開発に関する国際連合会議)で、世界共通の課題として環境問題に取り組むことが決められ、気候変動、生物多様性、砂漠化の3つの条約が誕生し、今も個別の条約で数値目標を入れて具体的に対応が進んでいます。セヴァンスズキの伝説のスピーチがあった会議です。
さらに10年後の2002年には、ヨハネスブルグで「地球サミット」(=持続可能な開発に関する世界首脳会議)が開催され、その推進をより強く進めるために、10年計画でESD(持続可能な開発のための教育)も進められてきました。

そして、2012年5月には「リオ+20」とも呼ばれている「地球サミット」が再び開催されます。
科学者たちが声を大きく挙げてから、足掛け40年もの歳月が経ちましたが、どこをみても悪化の一途をたどるばかりで、何ら改善されていっても過言ではないでしょう。一部の科学者からは、不の連鎖反応が起こるティッピングポイント(傾く点)を今迎えている、いやもう過ぎてしまった、という指摘もなされているほどです。

2012年の「地球サミット」は、これまでの人類の歩みを検証し、この先どうすべきかを話し合う、文字通り最後の機会、ラストチャンスになるかもしれません。


未曾有の危機の時代に直面する私たちですが、真摯に向き合い、問題意識を皆が共有できるならば、そして人類はどのような環境悪化下でも科学の力で生き延びるでしょうが、豊かで美しい自然を子供たちに伝え残していきたいと本気で願うならば、国内のCSO(市民社会組織)が垣根を越えてつながり合い、そこに一般市民もつながっていくことはできると思います。
「地球サミット2012」に向けて、「広さ」と「強さ」を持ち合わせたネットワークをつくっていくことは、決して不可能ではないと思います。

物事が成就するには、全てにおいてタイミングがあると思います。そして、ベストのタイミングにおいては、多くのシンクロニシティ(共時性)が起こり、予想しなかった良い相乗効果が次々と起こっていくものです。
1+1=3になる、そんな力が働いてこそ、文明を大きくシフトさせることが初めて可能になると考えます。

2012年は、そんなタイミングであると思っています。まずは「地球サミット」の準備を、2011年の1年間をかけて行なうことで、その後のベースとなるつながりが生まれていくのではないかと思います。

(こうちあきお/アースデイとやま)
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